メルマガ 雨宮のよもやま噺で『学力低下をどうするか』を連載中。
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このサイトの論文の部屋にある文章を書いたのは、約二年前だ。時代も移り変わり、時間が経つにつれ、考え方も変わってきた。ここで一度、自分の考えを再構築していこうと思う。
『教育改造論』を見てもわかるように、学力低下に代表される現代の教育問題を解決するために策を講じてきた。いかに家庭での教育・学校での教育を改善していくかを自分なりに考えたつもりだ。この延長線に『独学のすすめ』にあるような自立した教育があるのだと思う。
教育というと、学校の問題に偏りがちだ。巷で騒がれている論点もそうである。学習は学校に通っている時だけではないはずだ。小学校から大学まであわせても、16年間である。この人生にとっては短い期間であるのに、論議が集約しているのだ。
たしかに、義務教育やそれ以前の家庭教育、大学の教育も大事ではある。それ以上に学校外の学習・学校を卒業してからの学習のことを考えなければならないはずである。学校に通わない時間の方がはるかに長いからである。
だから学校教育では自分で学習する力を身につけさせなければならない。この技術が人生を左右するといっても過言でもないくらいだ。学校から離れてからはこの力で差が出てくるはずである。
自分で学習する術を重要視した『教育改造論』『独学のすすめ』の考え方が生まれてきたのは無理はない。だが今思うと、『独学』に特質した理論のように思える。一人で学習するというスタンスである。
それは『教育改造論』で述べた教育理念の三本柱の一つ『自立した学習』に色よく出ている。自分で課題をやったり、勉強を自分一人で学ぶといった教育方法に挙げられる。
本来の自立した学習とは一人で学ぶことだけには限らないはずだ。自分で学習方法を考えて、その結果、独学を取るのか、スクールに通うのか、個人的に人に学ぶのか、といった選択肢が出てくる。うまくいかなければ、ほかの方法を考えていけばよい。学習の計画を立てる力こそ必要なのではないか。
これからは、以前の理論を補っていく形で、新たに教育について、いかに学習していくかについて書いていこうと思う。
教育問題
雨宮勇徒の研究室[教育・東海地震対策・原子力]